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2009年9月24日 (木)

[青春18きっぷ] SL磐越物語号に遭遇

只見線の五時間の旅が終わって会津若松に到着。
そこから20分の乗り換え時間を経て磐越西線で再び新潟方面に向かいます。

http://www.mapion.co.jp/station/ROJ002067/

列車の本数が多ければ喜多方でラーメンを食べたかったのですが、一本逃すと帰宅できないことが分かったので、そのまま乗り続けることにしました。

腹減ったげっそり

ふと気が付くと、この磐越西線も電化されていないことに気付きます。
只見線ほどの秘境ではないけど、会津の平野から山岳地帯に入ると、それなりの鄙びた景色が楽しい♪
よく見ると小出からずっと一緒の同業者(鉄道マニア)の姿もチラホラ ^^;


あ、そんなこたぁどうでもいいや(笑)

どこの駅か忘れたけど、車内アナウンスが「SLとすれ違いの為に3分停車します」と聞こえました。
はいはい、もちろん一番前の窓に向かいましたよ!
既に何人かがコンパクトデジカメやら携帯のカメラを持って待ちかまえていたので、僕は二列目で前の人の頭の間から狙いました。

僕ね、SLってガッシュガッシュとゆったり走ってくるのかと思ったんですよ。
ところがアータ! なかなか現れないので一瞬カメラを下ろしたその時、ライトが光ったと思ったらあっという間に全身を現しましたよ。

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「早っ!」

夢中で連写しはじめたら、シャカシャカシャカというシャッター音を聞いたせいでしょうか、最前列の人達が固まってしまいました(笑)
っていうか、かなりの遠距離なので、望遠でないと無理ですってばウッシッシ

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SLには何度も乗ったことはありますし、近くで観たことも何度もあるんですが、疾走しているのは初めてだったかもしれません。

やっぱいいっすね手(チョキ)
これって単なるノスタルジーだけではないと思うのは、僕だけ?

写真3

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は客車の行き先表示「SLばんえつ物語 会津若松行」のを等倍まで拡大したら、縁が腐食していました。この先何年くらい走り続けることができるのでしょうか?

2009年9月22日 (火)

[青春18きっぷ] いのしし? 枯れ葉?

只見線の出発まで二時間以上。
駅の外にはコンビニも無いし・・・
退屈魚ブティックなので、何か面白いものがないかと探していたら、いた!

一枚目の写真
ちょっと見たらイノシシに見えませんか?

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二枚目の写真
アケビコノハと言います。枯葉そっくりですね。

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フラッシュを焚いても逃げませんでしたが、発光ダイオードの懐中電灯を当てると嫌がりました。

2008年9月13日 (土)

東北地方のエスカレーターに見る関西と関東

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どうでもいいことに気付いてしまう私です。ウッシッシ

よくエスカレーターのどちら側を空けるか?

関東=左に乗って右を空ける
関西=右に乗って左を空ける

と言いますよね?

一昨年に行ったソウルは「関西」でした。

さて先日、去年に引き続き東北を各駅停車で周遊してきたのですが、この地図でご覧の通り(わざわざ作る暇人ですたらーっ(汗)
日本海側は「関西」に侵略されておりました。

昔から酒田や秋田は京都との結びつきが盛んだったと聞いていますので、「さもありなん」かなぁ?とは思うものの、青森県内でハッキリと色分けできてしまうのは新鮮な驚きでした。

さて皆さん!
あなたの地域では、どちらに乗ってどちらを空けますか^^?

2008年3月29日 (土)

先週の秩父は雪景色

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昨日は昼間の仕事が順延になってしまったので、同じくバイトが休みでヒマこいてる娘と秩父方面をドライブして来ました。
生憎の雨でしたが、この親子はそういうことに関係なく出かけるのでございます。

秩父に向かう道すがら顔振峠に上ってみると、下界は殆ど霧で見えませんが、それでも場所によっては山と雲が織り成す景色を垣間見ることになります。娘だけね(笑)
北の平野部から一気に上り来る空気が冷やされて、手の届くところを雲が通過する場所もあります。そんな眺めをただ見るだけで楽しい馬鹿な親子でございますよ。

平野部は啓蟄なのかもしれませんが、山はまだまだ寒いです。
窓から顔を出していた娘が「あれ?いててて」「いて!いててて♪」とか言い出しました。
気が付くと雨からみぞれに変わっていましたよ。まだ「いててて♪」とか、楽しそうです。
この峠越えの道では、以前残雪にタイヤを取られてしまい、娘に滑り止めの砂を持ってきて貰って脱出したことがありました。今日もノーマルタイヤなので、あの時の二の舞は御免とばかりにあわてて下界へ降りました。

一昨年・昨年とカモシカを目の前でみた場所に行って見ることにしました。
埼玉、群馬、山梨の3県の県境に近い方面ですが、山間部に入り込むとたちまち雪景色に。

あららららdownwardright
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(;´Д`)段々ヤバくなってきたdownwardright

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一年中日陰なのねdownwardright

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カモシカの姿が見えないので、雪で道が凍結する前に脱出することにしました。
何も収穫が無いと思ったら、秩父湖の湖畔で鹿を見つけましたよ。仲間がいると鋭い声を上げるのですが、一頭だけのようでした。

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2007年6月16日 (土)

上高地・乗鞍で出合った花々(6月初旬)

三脚を持っていないので、ピンボケが多いのはご容赦下さい。

上高地のあたりは、最初に黄色い花が咲き、その後は白い花で満たされるそうです。僕はその白い花の季節に行って来たってことですね。

遠景と拡大を交互に掲載してみます。

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続きを読む "上高地・乗鞍で出合った花々(6月初旬)" »

2007年5月12日 (土)

海に行きました

先日の5月10日。

最近娘は近所のバイト先に出かける以外はひきこもり状態なので、海に連れ出しました。車も買ってから殆ど乗っていないので、出かける口実ができて良かった。

ほいでは出発。
午前4時には東の空が明るくなりかけてました。

ナビを「荒崎」で検索してセットしようとするとエラーになりました。いきなりアクシデント!かと思いきや、よく見たら山口県の島のようです。
で、三浦半島にセットして無事出発。

3時間くらいかかるかと覚悟していたんですが、5:45には着いてしまいました。

地元の魚市場に入ってみましたが誰もいません。
そういやオコボレを狙うトンビが全く飛んでいませんでした。
がっかりです。去年は真鶴半島でマンボウやらシュモク鮫やらを思う存分触ることができたのに。

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気を取り直して、その先にある駐車場へ。
行ってみたら入口が閉まっていて、あと2時間マテと?
待つのもアホらしいので、そのへんに車を放置して海岸に出てみました。海上の視界は5km位。

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1時間ほど暇をつぶして駐車場に戻ってみると、係員が来てました。なんでもTVの撮影があるので早くから開けてくれるとのこと。丁度そこに業界の機材車が到着したので、私もついでに入れて貰えました。
続々とTV撮影の車が到着しましが、そんなことに関係なく娘はさっさと行ってしまいました。

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網とバケツを持って後を追う可哀想なパパ。
残念ながら磯は満潮で、しかも風もうねりも強くなって来ました。東映の「岩にドッパーン!」状態ですよ。
娘がわずかな砂浜に漂着したクラゲを見つけて手に載せていましたが、それを見てびっくり!
猛毒カツオノエボシじゃん! やべぇ~!

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はいはい、てとてもきれいなんですよ。でもね、死人も出るくらい猛毒。でも娘は初めて実際見るカツオノエボシに感激してました。海岸のあちこちに漂着してました。長く伸びた触手がうにょうにょ動いてます。

誰も見てなきゃ持ち帰りたいくらい大きいさざえ。

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向こうで撮影が始まっているようです。崖から落ちるシーンやら水着で崖っぷちに立つシーンの後、不良グループみたいな黒い服に金髪に染めた役どころの何人かが、海に向って叫ぶシーンを何度もやってましたよ。こちらに向かって(笑)

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で、本日の獲物は

フグ二匹、ハゼ二匹、カニ一匹、稚魚無数、フナムシ一匹
撮影して食い逃がしました。
僕はトロいけど、娘は網で掴まえるのが天才的に上手い。

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風も波も強くなってきたので海岸を離れ、三崎まで足を延ばして「まぐろ親子丼」ってのを食しました。

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大きなマグロもこんな小さい卵なんですね。

帰りは混みました。ごとび(五十日)ですもんね。

2007年5月 5日 (土)

HP更新しました。モロッコ残照

いやぁ~自分でHP更新したのは何年ぶりでしょう ^^;
http://homepage2.nifty.com/SATSUMA/mrc.htm

Mrc45

約30本のネガフィルムをCDに焼いて貰いました。
1本500円でした。

2007年4月11日 (水)

堂平山の天文台と宿泊施設

先日さっつんは娘と山のドライブに行って来ました。
こいつきひこもりのくせに、何故か山とか渓谷に行くとワイルドになる。

それはさておき、ときがわ町の堂平山には元東大宇宙研究所の天文台があります。久々にそこまで行ってみました。霞が掛かって下界はほとんど見えなかったのは残念です。
以前ここに来たときは、天文台の敷地は立ち入り禁止だったのですが、いつの間にか入ってもOKになっていました。ラッキー!

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で、駐車場に車を置いて、建物に向かって登ってみました。娘は勝手に侵入して怒られないかと心配していましたが、さっつんはどうも好奇心が旺盛なので、怒られたら出ればいいやという感じです。

入口は閉まってました。でも張り紙があって、管理人さんに開けてもらうと自由に見学ができるみたいです。

そういや少し下に管理人小屋があったけど、誰もいなかったなあ。
娘がそこらを飛び回っている間に、私が管理人さんをさがしていると、植樹した苗木に肥料をやっている人がいて、あちらから「こんにちは」と声を掛けられました。
「こんにちは。管理人さんていらっしゃらないんですか?」
「あ、私です。」
「天文台の中を見せて頂けるんですか?」
という会話があって、見せて頂けることになった。

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管理人さんと一緒に中に入ると、見るからに古い ^^;
昭和37年に竣工したそうだ。
一時期望遠鏡は明石の天文台に移され、その後明石には新しい望遠鏡が導入されたので、お払い箱になってここに戻って来たそうだ。

重さ10トン

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91cm望遠鏡本体はNikonが製作。
凹面鏡のスペアを持たせて頂いたが、重かった ^^;

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操作はできなかったが、関係者以外上がれない天文台のドームの可動部分に上らせてもらったり、

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操作部は古い機械と新しい機械が混在する。

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鏡やフレームの歪みを防止する意味で、温度は一定に保たれる。

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下からも見せて貰うと、

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ここは一般の人でも宿泊できるきれいな部屋もある。
5-6人で使ってもたったの13000円(一部屋)

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風呂場から見る下界の夜景は最高だとか?

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でも寒いよ。雪がまだ残ってるし~

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その他ロッジやゲル(モンゴルの移動式テント)に泊まることもできる。

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場所はここ↓
http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=36%2F0%2F9.31&lon=139%2F11%2F35.606&layer=0&ac=11369&p=%C6%B2%CA%BF%BB%B3&mode=map&size=s&sc=6

2007年3月29日 (木)

ちょい旅 敦賀駅でのハプニング

3月21日、さっつんは青春18切符で一人旅に出発した。

人身事故の影響で敦賀には遅れて着いた。
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到着前には乗り換え案内の車内放送があり、僕が乗る予定の小浜線の列車は、既に離れたホームに到着ていた。
着いたホームから連絡地下道に降りる階段までがめちゃめちゃに遠い。
さっつんはトップで走り抜けたけど、高齢や体の不自由な人にはかなりの負担でしょうね。これからもっと高齢化社会になるってのに....

地下通から乗り換え用ホームへの階段を上がろうとしたところで、ホームから降りてきた駅員が
「あれ?行っちゃった」というような独り言を言ってた。
ンな馬鹿な、と思いつつホームに駆け上がると、そこには列車が......

いねーーーーーーーっ!

たった今まで居たじゃん!待っててくんないの?
乗り換え時間が少ないから急げとか社内アナウンスしておきながら、乗せないで発車?

都会ならいざ知らず、次の列車まで2時間待ち?
冗談じゃねーよ!
今日中に城崎まで行きたいのに、明日以降の計画が全部計画変更だよ~。

この後、総勢5名が次々とホームまで上がって来て、事態を知ると怒りをあらわに。
放かされたのは全員旅行者で、僕達は駅務室に押し掛けて抗議した。

大きな遅れなら次の列車でも仕方がないが、アナウンスに従って走った乗客を積み残して発車するってどういうことよ?連絡ミスだろ。今すぐここへ戻せ!そうでなけりゃインターネットでこの場で発表する。(mixiの日記だけどね)
と、こちらは怒りに任せて言いたい放題。

昔はフラリと途中下車するのが楽しかった。
つなぎが良くない乗り換え駅の外を歩くのって楽しい。ところがね、今回はダイヤがあまりにも無駄が無さ過ぎて、おまけに調子に乗って、その日の限界到達駅である城崎に宿をネットで予約しちゃった。
で、城崎まで行かれないと、その後の鳥取砂丘→出雲大社→萩→津和野、の日程を組み直ししなくてはならならず、譲れないという事情があった。
敦賀に見どころでもあれば、それもまた一興だったのだけど。

駅長が出てこない代わりに、見た目が初老の係長という人が出てきて
「今金沢の上長と連絡を取っている」
「タクシーで小浜までお送りする(料金は当然JR負担)」と。
ちなみに小浜駅は敦賀と東舞鶴の中間にある駅で、その先に行く乗り継ぎの列車は東舞鶴まで行かなければ無い。

ってことは全然意味ねーじゃん!厄介払いしたいだけだろ。

ところが時刻表を見ると、3日前のダイヤ改正でさっきの列車が小浜駅で29分も停車することになっている。
「では小浜駅までタクシー行く私達を、電車は待っていてくれるのか?」
と尋ねても
「いやそれは....」
まるで人ごとのような返事。
ぶちキレそうだったが、時間が無いので言いたい事を全て飲み込んで、私達はタクシーで50km離れた小浜駅に向かった。
敦賀駅は厄介払いできて良かったかもしれないが、こちらは間に合わなかった場合には泣き寝入りなのだが。

で、敦賀駅の初老の係長ね、タクシーのドアが閉まって走りだすときに、まったく我々と目を合わさない。
普通は送り出す時に締めくくりにはお互いに(特に迷惑をかけた側なら)目礼のひとつもするべきでしょう。私だって努力してくれたことに対しては、礼の気持は表明したかった。
しかしこのオッサン、厄介払いした安ど感なのか知らないけど突っ立っているだけ。
アンタね、サービス担当なんだからさ、もうちっとそれらしく振舞ってよ。

18000円!
それがJRの出せる上限みたい。事前に駅とタクシーの間で価格交渉があったみたいで、途中で料金メーター倒して走ってた。この料金交渉がモタつかなかったら、こちらもヤキモキしなかったんだけど。
駅長が最後まで出て来なかったのは、金沢にあるという本部の決済を受けるために電話していたと思いたい。
でもって、5人の客は全員青春18切符(この春だけ5日間8000円)だったので、JRは大損だわ。

さて、敦賀の市内を走りだして運転手さんが一言
「あれ?今日は車多いな」
そう、今日は春分の日で休日。一般ピープルの皆さんがチョロチョロと走り回るので、少々混んでいる。
おまけに!二か所で道路工事してるし。そういや3月だっけか。お役所の帳尻合わせの月でもあったな。

で、このタクシーの運転手さん頑張ってくれた。
どう頑張ったのかは具体的には書けないが、とにかく頑張ってくれた。
丁度列車が出発する時刻ぴったりに小浜駅に着いた。

私は荷物をタクシーに積んだまま、その列車を背景に立っている改札口の駅員さんのとこまで息せき切って走った。
「あの、私達のこと敦賀駅から聞いてますか?手違いで出ちゃったのでタクシーで追いかけて来たんです。」
「いえ、聞いてないです」(げげ!あの敦賀の駅員め!)
「とにかく止めて!」

その時列車が走り始めてしまった。もうだめだ。
と、思ったら駅員さんが停止のボタンを押したのか、列車は少し先で止まってくれた。


「どうぞ」 (わりとサラっと言ってくれた)

ありがとうと言ったかどうかも覚えていない。
タクシーに同乗した他の人が私の荷物も降ろして持って来てくれたので、そのまま改札を抜け、陸橋を駆け渡り列車に飛び乗った。

間に合った!

タクシーの運転手さん、小浜の駅員さん、列車の運転手さん、ありがとうございました。 

敦賀駅の駅員のバカヤロー!鉄道マンの恥さらし!
(タクシー代はJR負担だけど ^^;)
と、心の中で叫びながら、他の乗客の冷たい視線の中で息を整えたのでした。

私の怒ったのは、鉄道マンの仕事内容も含めた鉄道ファンとしての気持ち。
僕らの小さい頃の憧れの職業の一つだった鉄道マンのプライドはどこに行ってしまったのよ?
気の緩んだ鉄道マンが許せなかった。

ここは福知山線の事故を起こしたJR西日本のエリア。
米原に着いて乗り換える列車が大阪方面から来ることや、影響している人身事故が神戸あたりで起きたということもあり、嫌でも意識させられた。
実は米原から敦賀の間で、JRはダイヤの正常化に向けた時間調整と同時に、その先の乗り継ぎ列車への乗客の便宜を図るために他の連絡列車の到着を待ったりと、JRは一生懸命努力していた。
パズルのような作業なのに、それはそれはみごとなものだ。

で、敦賀駅のミスですよ。

このケースでは単なる連絡ミスのようだけど、そのミスの先にある事故やモラルの低下、事故の遠因となる人員削減や人的質の低下。そういったものが頭を駆け巡った。
日本の鉄道は世界一! 日本人のプライドの一つだと思っていたのが裏切られたのが許せなかった。

それとね、
全速力で走ったのに行っちゃったという恨みが重なりました。(笑)

チャンチャン♪

2007年3月 3日 (土)

シーア派の聖地でⅡ

97年の4月。さっつんはイラン国内を旅行して来ました。

ちょうど首都テヘランではレスリングの国際試合が行われており、日本や韓国といったアジア各国も参加していました。
私はイラン国教であるシーア派イスラムの聖地マシャッド(マシュハド)の外国人専用ホテルに滞在していたのですが、部屋のTVが映らないので、ロビーでTV中継を観ていました。
ロビーはTVを見に来た現地の人々でいっぱいで、私以外の外国人は皆無でした。本当はドイツ人の団体が来る予定だったのですが、数日前に発生したイランとドイツの政治問題発生によって、イラン国内のドイツ人の殆どが旅行を中断し帰国してしまったそうです。

さて、TV中継は流れていても、地元の皆さんとお互いに片言の英語で談笑していられたのですが、日本人とイラン人の試合になったとたんに、それま での和気藹々ムードはどこかに吹っ飛んでしまいました。皆の目線はTVに釘付けになりながらも、ときおり私の方に鋭い視線を向けるのです。これで日本人が 勝ったら私の身はタダでは済まないのではないかと寒気を覚えたものです。
幸いにも?その戦いはイラン側の勝利でしたが、歓声の中で興奮しながら「どうだ参ったか?」とばかりに私へ言葉を浴びせるのです。ペルシャ語なので何を言ってるのか判りませんでしたが、あの時の居心地の悪さといったらありませんでしたね。

リアクションに困ってしまいましたが、ちょっと悔しがってみせてから「グレート」と言いながら拍手しておきました。それから3分後にまた先ほどの和やかなムードを取り戻していましたっけ。
その時垣間見たナショナリズム(御当地贔屓というべきか)を、さっつんは少々羨ましく思ったものです。

さて、そのイランからの帰路。テヘラン発北京経由成田行きは満席状態でした。妙に機内が混んでいるなと思ったら、その国際試合に出た各国の選手団でいっぱいだったのです。
私の座席は韓国の選手団の中になってしまいました。彼らは非常に大人しくあまり喋らないという印象でした。私は隣に座った選手君とは簡単な英語と 漢字の筆談でコミュニケーションをとっていました。彼はわりと無愛想な印象でしたが、成田で分かれる時に選手団のバッジを胸から外して私のリュックに付け てくれました。

今でもそのバッジを見ると一つの光景が目に浮かびます。

変化があったのは北京に到着した時です。後方に居た団体が前方の出口に向かって列を作って来たのですが、韓国の選手団も一斉に立ち上がってその選 手団と握手し抱擁を交わし始めました。中国人かと思っていたら北朝鮮の選手団だったのです。彼らは北朝鮮行きの機に乗り換える為、ここでお別れです。
きっと会話を堅く禁じられていたのでしょう。みんな無言でした。
無言で握手し抱き合っていました。

迷走する朝鮮半島の現状を見るにつけ、さっつんは彼らのその後の人生を思わずにはいられないのです。

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