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2008年9月13日 (土)

東北地方のエスカレーターに見る関西と関東

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どうでもいいことに気付いてしまう私です。ウッシッシ

よくエスカレーターのどちら側を空けるか?

関東=左に乗って右を空ける
関西=右に乗って左を空ける

と言いますよね?

一昨年に行ったソウルは「関西」でした。

さて先日、去年に引き続き東北を各駅停車で周遊してきたのですが、この地図でご覧の通り(わざわざ作る暇人ですたらーっ(汗)
日本海側は「関西」に侵略されておりました。

昔から酒田や秋田は京都との結びつきが盛んだったと聞いていますので、「さもありなん」かなぁ?とは思うものの、青森県内でハッキリと色分けできてしまうのは新鮮な驚きでした。

さて皆さん!
あなたの地域では、どちらに乗ってどちらを空けますか^^?

2008年6月 1日 (日)

もーったいない(も~ったいない)

私のお友達が書いた、岡山県新見市の新見市市民環境会議キャラクターです。

作者本人の承諾を得て転載しました。

「もーったいない」 または 「も~ったいない」「もぉったいない」「モ~ったいない」「モーったいない」

いろんなキーワードで引っ掛かるように、気に入った人は自分のPCにダウンロードしてみてね。

かわいいよね。全国区でも使えそうです。

もーったいない/も~ったいない

2007年6月16日 (土)

上高地・乗鞍で出合った花々(6月初旬)

三脚を持っていないので、ピンボケが多いのはご容赦下さい。

上高地のあたりは、最初に黄色い花が咲き、その後は白い花で満たされるそうです。僕はその白い花の季節に行って来たってことですね。

遠景と拡大を交互に掲載してみます。

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2007年5月12日 (土)

海に行きました

先日の5月10日。

最近娘は近所のバイト先に出かける以外はひきこもり状態なので、海に連れ出しました。車も買ってから殆ど乗っていないので、出かける口実ができて良かった。

ほいでは出発。
午前4時には東の空が明るくなりかけてました。

ナビを「荒崎」で検索してセットしようとするとエラーになりました。いきなりアクシデント!かと思いきや、よく見たら山口県の島のようです。
で、三浦半島にセットして無事出発。

3時間くらいかかるかと覚悟していたんですが、5:45には着いてしまいました。

地元の魚市場に入ってみましたが誰もいません。
そういやオコボレを狙うトンビが全く飛んでいませんでした。
がっかりです。去年は真鶴半島でマンボウやらシュモク鮫やらを思う存分触ることができたのに。

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気を取り直して、その先にある駐車場へ。
行ってみたら入口が閉まっていて、あと2時間マテと?
待つのもアホらしいので、そのへんに車を放置して海岸に出てみました。海上の視界は5km位。

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1時間ほど暇をつぶして駐車場に戻ってみると、係員が来てました。なんでもTVの撮影があるので早くから開けてくれるとのこと。丁度そこに業界の機材車が到着したので、私もついでに入れて貰えました。
続々とTV撮影の車が到着しましが、そんなことに関係なく娘はさっさと行ってしまいました。

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網とバケツを持って後を追う可哀想なパパ。
残念ながら磯は満潮で、しかも風もうねりも強くなって来ました。東映の「岩にドッパーン!」状態ですよ。
娘がわずかな砂浜に漂着したクラゲを見つけて手に載せていましたが、それを見てびっくり!
猛毒カツオノエボシじゃん! やべぇ~!

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はいはい、てとてもきれいなんですよ。でもね、死人も出るくらい猛毒。でも娘は初めて実際見るカツオノエボシに感激してました。海岸のあちこちに漂着してました。長く伸びた触手がうにょうにょ動いてます。

誰も見てなきゃ持ち帰りたいくらい大きいさざえ。

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向こうで撮影が始まっているようです。崖から落ちるシーンやら水着で崖っぷちに立つシーンの後、不良グループみたいな黒い服に金髪に染めた役どころの何人かが、海に向って叫ぶシーンを何度もやってましたよ。こちらに向かって(笑)

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で、本日の獲物は

フグ二匹、ハゼ二匹、カニ一匹、稚魚無数、フナムシ一匹
撮影して食い逃がしました。
僕はトロいけど、娘は網で掴まえるのが天才的に上手い。

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風も波も強くなってきたので海岸を離れ、三崎まで足を延ばして「まぐろ親子丼」ってのを食しました。

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大きなマグロもこんな小さい卵なんですね。

帰りは混みました。ごとび(五十日)ですもんね。

2007年5月 5日 (土)

HP更新しました。モロッコ残照

いやぁ~自分でHP更新したのは何年ぶりでしょう ^^;
http://homepage2.nifty.com/SATSUMA/mrc.htm

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約30本のネガフィルムをCDに焼いて貰いました。
1本500円でした。

2007年4月11日 (水)

堂平山の天文台と宿泊施設

先日さっつんは娘と山のドライブに行って来ました。
こいつきひこもりのくせに、何故か山とか渓谷に行くとワイルドになる。

それはさておき、ときがわ町の堂平山には元東大宇宙研究所の天文台があります。久々にそこまで行ってみました。霞が掛かって下界はほとんど見えなかったのは残念です。
以前ここに来たときは、天文台の敷地は立ち入り禁止だったのですが、いつの間にか入ってもOKになっていました。ラッキー!

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で、駐車場に車を置いて、建物に向かって登ってみました。娘は勝手に侵入して怒られないかと心配していましたが、さっつんはどうも好奇心が旺盛なので、怒られたら出ればいいやという感じです。

入口は閉まってました。でも張り紙があって、管理人さんに開けてもらうと自由に見学ができるみたいです。

そういや少し下に管理人小屋があったけど、誰もいなかったなあ。
娘がそこらを飛び回っている間に、私が管理人さんをさがしていると、植樹した苗木に肥料をやっている人がいて、あちらから「こんにちは」と声を掛けられました。
「こんにちは。管理人さんていらっしゃらないんですか?」
「あ、私です。」
「天文台の中を見せて頂けるんですか?」
という会話があって、見せて頂けることになった。

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管理人さんと一緒に中に入ると、見るからに古い ^^;
昭和37年に竣工したそうだ。
一時期望遠鏡は明石の天文台に移され、その後明石には新しい望遠鏡が導入されたので、お払い箱になってここに戻って来たそうだ。

重さ10トン

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91cm望遠鏡本体はNikonが製作。
凹面鏡のスペアを持たせて頂いたが、重かった ^^;

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操作はできなかったが、関係者以外上がれない天文台のドームの可動部分に上らせてもらったり、

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操作部は古い機械と新しい機械が混在する。

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鏡やフレームの歪みを防止する意味で、温度は一定に保たれる。

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下からも見せて貰うと、

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ここは一般の人でも宿泊できるきれいな部屋もある。
5-6人で使ってもたったの13000円(一部屋)

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風呂場から見る下界の夜景は最高だとか?

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でも寒いよ。雪がまだ残ってるし~

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その他ロッジやゲル(モンゴルの移動式テント)に泊まることもできる。

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場所はここ↓
http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=36%2F0%2F9.31&lon=139%2F11%2F35.606&layer=0&ac=11369&p=%C6%B2%CA%BF%BB%B3&mode=map&size=s&sc=6

2007年3月12日 (月)

たぬき

の売る宝くじは売れないそうです。

ここんとこタヌキの姿を見ません。
冬だからってのもありますが、餌になる小動物が殆どいなくなってしまったからかな?
この写真は3年くらい前のです。

さっつんの家の窓から撮影

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2007年3月10日 (土)

いい加減な答弁が自国を貶める

南北戦争の南軍がそのまま政党になったのが、米民主党。
北軍が共和党。

南部の田舎は情報不足で、根強い有色人種への偏見。そこを選挙地盤に持つ議員の集合体が、外国の主権に対する侵害も甚だしい決議案をまとめあげようとしている。
今まで日本に貿易摩擦等の言いがかりをつけたり、中国にすり寄った方針を打ち出して日本を貶めた民主党。

去年民主党が下院で過半数を取ったのは、イラク戦争で派兵されて死亡した兵士の多くが、失業率の高い田舎町からの出身者であったことから、草の根的な厭戦気分が大きなうねりとなっていったことに起因する。

また、リベラルな議員が比較的多く、偏狭な正義感による言動も多い。初めての女性大統領になるかもしれないヒラリーもその筆頭である。

我が国の首相の言動は、人は換われども曖昧であることが多い。もちろんそれは自国民に向けての答弁なのだが、日本にとって国益となる共和党政権を不安に陥れるような言葉の選択をすることもなかろう。

安倍首相は明らかに言葉足らずであった。くすぶり続ける朝鮮人慰安婦問題への説明・回答になってない。
あるいは再調査を指示し、嘘をつき通す人々と、政府間で支払われた金を使い込んでしまった某国政府に対して牽制をすべきであった。もしも調査によって慰安婦問題に新たな真実が発見されれば、それはそれで政府発表として認めるところは認めればいい。

日本に原爆を落としたのも民主党政権。ジャパンバッシングを演出したのも民主党政権。急に中国に接近したのも民主党政権。
こんな下劣な者どもにとやかく言われる隙を作る我が国も情けない。

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米下院、慰安婦決議案への支持広がる=首相訪米時の「踏み絵」に
(時事通信社 - 03月10日 15:10)

 【ワシントン10日時事】第二次大戦中の従軍慰安婦問題をめぐり日本政府に謝罪を求める決議案を審議中の米下院で、同案支持の動きが広がってい る。安倍晋三首相が「狭義の強制性」を否定したことなどを受け、当初6人だった決議案の共同提案者は10日までに40人を超えた。米メディアでも日本に厳 しい論調が目立ち、首相訪米を控え、大きな火種となる可能性が出てきた。決議案の代表提出者のホンダ議員(民主)の事務所によると、9日時点で共同提案者 は共和・民主両党の計42人で、さらに増える見通し。リベラル派議員が多いが、軍拡や移民規制強化の主張で知られる保守派のハンター前軍事委員長(共和) も名を連ねている。 

2007年3月 3日 (土)

シーア派の聖地でⅡ

97年の4月。さっつんはイラン国内を旅行して来ました。

ちょうど首都テヘランではレスリングの国際試合が行われており、日本や韓国といったアジア各国も参加していました。
私はイラン国教であるシーア派イスラムの聖地マシャッド(マシュハド)の外国人専用ホテルに滞在していたのですが、部屋のTVが映らないので、ロビーでTV中継を観ていました。
ロビーはTVを見に来た現地の人々でいっぱいで、私以外の外国人は皆無でした。本当はドイツ人の団体が来る予定だったのですが、数日前に発生したイランとドイツの政治問題発生によって、イラン国内のドイツ人の殆どが旅行を中断し帰国してしまったそうです。

さて、TV中継は流れていても、地元の皆さんとお互いに片言の英語で談笑していられたのですが、日本人とイラン人の試合になったとたんに、それま での和気藹々ムードはどこかに吹っ飛んでしまいました。皆の目線はTVに釘付けになりながらも、ときおり私の方に鋭い視線を向けるのです。これで日本人が 勝ったら私の身はタダでは済まないのではないかと寒気を覚えたものです。
幸いにも?その戦いはイラン側の勝利でしたが、歓声の中で興奮しながら「どうだ参ったか?」とばかりに私へ言葉を浴びせるのです。ペルシャ語なので何を言ってるのか判りませんでしたが、あの時の居心地の悪さといったらありませんでしたね。

リアクションに困ってしまいましたが、ちょっと悔しがってみせてから「グレート」と言いながら拍手しておきました。それから3分後にまた先ほどの和やかなムードを取り戻していましたっけ。
その時垣間見たナショナリズム(御当地贔屓というべきか)を、さっつんは少々羨ましく思ったものです。

さて、そのイランからの帰路。テヘラン発北京経由成田行きは満席状態でした。妙に機内が混んでいるなと思ったら、その国際試合に出た各国の選手団でいっぱいだったのです。
私の座席は韓国の選手団の中になってしまいました。彼らは非常に大人しくあまり喋らないという印象でした。私は隣に座った選手君とは簡単な英語と 漢字の筆談でコミュニケーションをとっていました。彼はわりと無愛想な印象でしたが、成田で分かれる時に選手団のバッジを胸から外して私のリュックに付け てくれました。

今でもそのバッジを見ると一つの光景が目に浮かびます。

変化があったのは北京に到着した時です。後方に居た団体が前方の出口に向かって列を作って来たのですが、韓国の選手団も一斉に立ち上がってその選 手団と握手し抱擁を交わし始めました。中国人かと思っていたら北朝鮮の選手団だったのです。彼らは北朝鮮行きの機に乗り換える為、ここでお別れです。
きっと会話を堅く禁じられていたのでしょう。みんな無言でした。
無言で握手し抱き合っていました。

迷走する朝鮮半島の現状を見るにつけ、さっつんは彼らのその後の人生を思わずにはいられないのです。

2007年3月 2日 (金)

シーア派の聖地でⅠ

さっつんはイランのシーア派の聖地マシャッド(マシュハド)のピリピリしたムードは今も忘れられない。
風の強い日でも女性は絶対に目と手以外の肌を晒さないように歩いていた。片手に買い物袋、片手で子供の手を引きながらであってもだ。
とても器用ったので写真に撮りたかったが、見つかったらブっ殺される危険性もある。
Mash
テヘランに向かう夕刻のフライトから見えた、ライトアップされたモスクと町の鉄工所から漏れる青い火花が印象的だった。

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