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2007年3月 3日 (土)

シーア派の聖地でⅡ

97年の4月。さっつんはイラン国内を旅行して来ました。

ちょうど首都テヘランではレスリングの国際試合が行われており、日本や韓国といったアジア各国も参加していました。
私はイラン国教であるシーア派イスラムの聖地マシャッド(マシュハド)の外国人専用ホテルに滞在していたのですが、部屋のTVが映らないので、ロビーでTV中継を観ていました。
ロビーはTVを見に来た現地の人々でいっぱいで、私以外の外国人は皆無でした。本当はドイツ人の団体が来る予定だったのですが、数日前に発生したイランとドイツの政治問題発生によって、イラン国内のドイツ人の殆どが旅行を中断し帰国してしまったそうです。

さて、TV中継は流れていても、地元の皆さんとお互いに片言の英語で談笑していられたのですが、日本人とイラン人の試合になったとたんに、それま での和気藹々ムードはどこかに吹っ飛んでしまいました。皆の目線はTVに釘付けになりながらも、ときおり私の方に鋭い視線を向けるのです。これで日本人が 勝ったら私の身はタダでは済まないのではないかと寒気を覚えたものです。
幸いにも?その戦いはイラン側の勝利でしたが、歓声の中で興奮しながら「どうだ参ったか?」とばかりに私へ言葉を浴びせるのです。ペルシャ語なので何を言ってるのか判りませんでしたが、あの時の居心地の悪さといったらありませんでしたね。

リアクションに困ってしまいましたが、ちょっと悔しがってみせてから「グレート」と言いながら拍手しておきました。それから3分後にまた先ほどの和やかなムードを取り戻していましたっけ。
その時垣間見たナショナリズム(御当地贔屓というべきか)を、さっつんは少々羨ましく思ったものです。

さて、そのイランからの帰路。テヘラン発北京経由成田行きは満席状態でした。妙に機内が混んでいるなと思ったら、その国際試合に出た各国の選手団でいっぱいだったのです。
私の座席は韓国の選手団の中になってしまいました。彼らは非常に大人しくあまり喋らないという印象でした。私は隣に座った選手君とは簡単な英語と 漢字の筆談でコミュニケーションをとっていました。彼はわりと無愛想な印象でしたが、成田で分かれる時に選手団のバッジを胸から外して私のリュックに付け てくれました。

今でもそのバッジを見ると一つの光景が目に浮かびます。

変化があったのは北京に到着した時です。後方に居た団体が前方の出口に向かって列を作って来たのですが、韓国の選手団も一斉に立ち上がってその選 手団と握手し抱擁を交わし始めました。中国人かと思っていたら北朝鮮の選手団だったのです。彼らは北朝鮮行きの機に乗り換える為、ここでお別れです。
きっと会話を堅く禁じられていたのでしょう。みんな無言でした。
無言で握手し抱き合っていました。

迷走する朝鮮半島の現状を見るにつけ、さっつんは彼らのその後の人生を思わずにはいられないのです。

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